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「遊戯王GX」(ターン155)感想

長かったユベルとの戦いにやっと終止符がついたという感じです。

ユベルの魂と十代の魂を一つに・・・・というと、結果的に十代はユベルの愛を受け入れたということになるんでしょうか。
前世の出来事を思い出した後の十代の表情が柔らかになったのは印象的でした。
十代自身の気持ちも穏やかになったということになりますから。

前世・・・・う~~~ん、まさか前世がらみだったとは!
ま、それっていかにも遊戯王らしいといえばらしいのですが・・・・・・なんだか唐突な気がしました。
今までに十代は何かを思い出しかけたとかそういう伏線もなにもなく、いきなり前世話でしょう?
前作遊戯王では、所々なにかの因縁を感じさせる伏線があったので、”王の記憶編”にはいった時、やっと解明されるという感じはありました。
でもGXではそんな予感さえもなく・・・・だから唐突な感じを受けたのですよね。

しかもユベルと十代の前世の話が短い。この2人の関係がつかみきれません。
こうなってはほとんど想像の世界になってしまいます。
十代の前世「ボクの愛はキミだけのものだ」。
・・・・・って、ユベルが十代の前世を守るためにあのような姿になった事に対する感謝?の言葉でもあるのでしょうが、いきなり『愛の告白』。
この2人って、実はそういう関係(BLの世界/笑)で、辛い思いを受けながらも守りたい人のために姿を変えたユベルとその愛を感じとり、愛の告白をした十代の前世なのであった。
という設定をなんだかそういう話が好きなご婦人にネタを提供したように感じられたのは私だけでしょうか(笑)。

でも、そうなるとユベルの十代への愛情の執着は結構納得できます。
どれだけ彼を想い、また彼もユベルを想ったか・・・・、そうですよね、今までお互い相思相愛だった片方が記憶をなくして違う人へ愛情を向け始めたら、やっぱりユベルみたいになってしまうかな・・・・・とも思ってしまいます。
だからこそ記憶を取り戻した十代はユベルを受け入れ、ユベルもまた受け入れる・・・・ま、その点は納得するんですよね、その点は。
とはいえ、いきなりの前世話だし、十代の前世&ユベルの年齢で”愛”を語るのに違和感を感じたのも事実です。

ユベルとのデュエルの途中、十代が翔に別れを告げるシーンをみて、遊戯王の最終回で闇遊戯が別れて去って行くシーンを思い出してしまいました。

それと自分を覇王と言う十代・・・・というと、十代は自分の覇王としての自分を受け入れたということが気になりました。
というか、覇王になってもどこがどう違うの?瞳が変っただけじゃない?無口になっただけじゃない?という部分がありましたので、覇王としての自覚があるのかどうかわからない気もしましたから。

戻ってきた人物のなかに亮兄がいなかったのは「やっぱり」という心境でしたが、アモンはどうしてだろうと思ってしまいました。
やはりアモン自身の意思?
(実は予告で三沢をみて、そういえば三沢もいないかと気付きました・・・・すっかり三沢のことを忘れていた私でした/笑)。

「アニキ」・・・翔がそう呼ぶと懐かしいですね~~~~。
そんな矢先、十代は大人になるための旅立ちを・・・・というと今後は舞台はアカデミアでなくなる?
3年でGXは終わりかも、と思っていただけに続くのは嬉しい気もしますが、このまま最終回のほうがよかったかもしれないと半分思い始めております。

続いても(成長してしまった)十代の”ワクワクデュエル”が見られなくなるのは、寂しい気もしますね。
それともあいかわらずのワクワクデュエルだったりして・・・・はないでしょう。
だってそれは、「大人になる」とは反比例しますからね。

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